箱庭の記憶・その2

Light of the sun,over the rainbow


恋をした死神と、人形になった女の話


ずっと、大切にしてたの。
ずっとずっと、側にいたかったの。
でも、もう、何も見えない。

あの人は、・・・いなくなってしまった。

最初、その事を聞かされた時は、何を言っているのかよく分からなかった。
あの人が、いなくなるわけがない。
ずっと、そう信じてきたのに。
あっさりといなくなってしまって。
それがこんなに簡単な事だったなんて信じれなくて。

口では分かったふりをして、頭では分からなくて。

いつかは帰ってきてくれると、信じて。
それだけを支えに、・・・いつものように笑って。

でも・・・。

どれだけ待っても・・・。

あの人は・・・。


そう、だから。
元々蝕まれていた精神が。
壊れるのは。

・・・とても、簡単なことだったの。


多くの兵士に囲まれたことまでは覚えている。
何人の兵士を、この手で殺したのかは分からない。
ナイフで切り裂けば、人は、死ぬ。
死ぬ、という感覚は、私には良く分からない。
野菜を包丁で切れば、野菜は死ぬ。
切ると死ぬは同じこと。
使う言葉が違うだけだ。

ならば、『死』、の意味は何か。

・・・私には、分からない。

とは言っても、知る必要もなければ興味もなかった。
私の世界の中心は、光だった。
光をずっと追いかけてきた。
ずっと光が側にあって、その時だけは、私も光の世界にいられた。
私は光の意味は知っている。

『光』、は、ワルド様。

ワルド様は、私を太陽の様だと言ってくれた。
太陽。
それは光の世界の、中心。
世界はワルド様と私で出来ている。

そして、ワルド様はいなくなってしまった。
『死』が彼を攫ったわけではない。
なにの、何故いなくなってしまったのか。

分からない。

いなくなるのなら。
それならば。

「・・・殺しておけばよかった」

倒れる体を、支える力はない。
血塗れのドレス。
誰の血か、私の血か。
心臓の悲鳴を聞いたような気がした。

―――――・・・それが、私の最期の言葉となった。


私は目を覚ました。
・・・私は、死んだはずではなかったのか。
小さな、小屋だ。
必要最低限の生活用品しかないような、貧しい小屋に私はいた。
窓の外からは手入れのされていない森が見える。
ここは、町からは大分離れた所であろう。
「目を覚ましたか?」
小屋の中から声が聞こえた。
男、だ。
貧相な身なりの、若い男。
大分伸びた黒い前髪のせいで、表情は見えない。
「・・・なぜ、生きてるの・・・?」
「何故、だと思う?」
目の前にいた男が助けてくれたのか。
兵士の中の一人だろうか。
だが、見覚えはない。
「わた、くしは・・・」
体を起こそうとして、その違和感に気付いた。
人形、だ。
「ひぁっ!!」
驚いて、布団をめくる。
そこにあったのは、人形の体。
「・・・・・・」
気持ちの悪さに、声も出なかった。
「綺麗だと、思ったんだ」
男は私の髪を取る。
「その美しさ。
どうやったら保存出来るかなって考えて」
「・・・保存って」
「そう、それで君そっくりの人形を作って、君の魂を入れてみたんだ!」
男が笑った。
前髪の隙間から、目が覗く。
「お気に召したかな?
ヘイゼル=ヘルグスツァン」
その目は。
赤い、赤い色だった。

・・・私は、その男の瞳に、地獄の色を見た。


人形になった私。
何日か生活していると、そんな事も段々気にならなくなってきた。
元々人形のように生きてきたから。
体が生身の肉体だろうと、木で出来た人形だろうと、大差はない。

そんなものに、興味もない。

私が欲しいのは、光。
ただそれだけ。

男は何も聞いてないことを、ペラペラと良く喋った。
そういう性格なのだろう。
男は自分を死神だと名乗った。
その死神が私の魂を抜き取りに来て。
私に一目ぼれをした。

馬鹿げた話だ。

それより、この小屋はやることがなくて退屈だった。
本がない。
屋敷の書庫が懐かしい。
男は魂を抜き取りに、毎日ふらふらしている。
仕事ではない。
生きるために必要らしい。

「死神が生きるってのも、おかしな話ですわね」
男はふとこちらを見る。
「ヘイゼルから話しかけてくれるなんて、珍しいな」
「・・・・・・」
「嬉しいよ」
男は嬉しそうに笑って、こちらに寄ってきた。
ベットに腰掛けていた私の隣にくる。
不愉快そうに顔を歪めてやったが、そんな事で動じる男ではないことは承知の上だ。
「生きる、って言葉はおかしかったな。
存在する、その為だ」
「わたくしの、この人形を動かすのにも必要なのですか?」
「そうだ。
ヘイゼルの体は、人の魂を原動力にして動いている」
もし。
ワルド様が死んだら。
私の体はワルド様の魂を閉じ込められる、という事だろうか。
「わたくしが自分で魂を集めることは、出来ないの?」
「出来ない。
特別な鎌が必要だからな」
そう言って死神は、不気味な鎌を取り出した。
柄の部分が赤い、大きな鎌。
金色の目がついていて、死神が手を触れると、ぎょろっと動いた。
「欲しいか?」
「はい」
「僕が死んだらあげるよ」
「魂を集めなくなったら、死にますの?」
死神は鎌をしまう。
「どうだろうね。
人の魂と、体をつなぐ鎖、それをこの鎌で切るんだ。
僕の魂がここにあるのか、僕にも良く分からないな」

死神の言うことは、私には分かる。
殺しすぎた私が、『死』、を理解出来ないのと似ている。
彼にとって生とは、魂と体が鎖で繋がっている、という意味。
彼は、『生きる』、の意味が良く分からないのだ。


死神の額には、赤い宝石が埋まっている。
「あなたは悪魔なのですか?」
「魔人だよ」
魔人と悪魔の違いは分からない。
御伽噺が目の前にある。
「魔人とは?」
「まぁ、元は悪魔だけどね。魔族の死神。
こっちの世界の魔の王の使途が魔人」
死神の言うこっちの世界、あっちの世界が良く分からないのだが。
額の宝石(魔血魂という)が魔人の証らしい。
「この魔血魂を受け入れれば、魔人、魔の王の使途になれるのさ」
「それは人間でも?」
「そうそう。それが悪魔と違うところだね」
「死神は、なぜ使途になろうと思ったのですか?」
彼は頭を捻ってうーん、と考える。
「良く考えてなかったんだけど、選ばれたなら、受け入れようかなって」
「簡単ですのね」
「うん。
嫉妬の魔人なんだ、僕は」
「嫉妬深いの?」
目の前の男は嫉妬深そうには見えない。
能天気で、物事を深く考えない男。
私の目に映るのはそんなところだ。

「僕は全ての生に嫉妬しているんだ」


だから。


命の鎖を断ち切るんだよ。


死神はなんでもないように言った。
やっぱり彼は私と一緒だ。
私も光の世界に嫉妬して。
全ての光を、闇の中に引きずり込むことを選んだから。


私は散歩に出かける。
湖に移った私の顔。
こうしてドレスを着ていると、生前と何一つ変わらない。

ワルド様が、側に居ない。

二人で屋敷の裏の、湖に散歩に行った。
ワルド様が本を持ってきてくれた。
私を外に連れ出してくれたのも、ワルド様だ。

思い出すのはワルド様のことばかり。

でも、ワルド様はいない。

私の世界の、どこにもいない。

この世界のどこかに、ワルド様はいて、いつもの様に笑っているのに。
・・・私は、そこには行けない。

一度死んでも、考えるのはワルド様のことばかり。

あぁ、ワルド様を殺したい。
殺して、魂を私の中に閉じ込めて。
どこにも行けないようにして。
二人でずっと、ずっと、一緒にいたい。

あなたがいないから、私は、こんなにも苦しい・・・。

死していく美しい女に恋をした死神は、
その魂を人形にいれて、自分の側においておくことにした。


あぁ、死神。


あなたが、とても、うらやましいわ。


私の側には、もう、何もないというのに。
ならばいっそ・・・。


「わたくしが、死ねばよかったのね・・・」


そう呟く。
あぁ、今。
やっと理解した。
『死』、の意味。

光に、近付ける気がした。

今の自分が光を手に入れるには、『死』、しかないのだ。

やっと、理解、した。


「死神」
私は死神に近付いた。
「どうしたのだ?ヘイゼル」
いつものようにベッドに腰掛ける死神。
こうしてると普通の男にしか見えない。
「わたくしの鎖、切ってください」
そう言うと、死神は顔をしかめた。
「それは出来ない」
「このままここにいても、わたくしは、・・・光の世界には行けません」
ワルド様の側にいれないのなら、生きる意味はない。
ならば、それは既に『死』なのだ。
「お願いします」
「・・・出来ない」
男が初めて見せる、悲しい顔。
人形の糸を切るのはたやすいこと。
でも、出来ないと男は言う。

恋は。

いつも、切ない。

「僕は、・・・ヘイゼルに、生を与えてやったつもりだ」
でも、こんなのは生じゃない。
死神も分かっていることだ。
「わたくしは、光がないと、生きられないのです」
そう。
欲しかったのは生じゃない。
光だ。
「だから、こんなの生じゃない。
ならば死ぬのも、変わらない」
そう言って私は死神の鎌を手に取った。

そして。

・・・・・・。


鎖を切れた。



「・・・・・・」
それが、あなたの答え、か。
死神は動かなくなった。
「とても、臆病、なのね。あなた」


そう。

恋は。

いつだって身勝手。


死神が呼んでいる。
額に光る魔血魂。
動かない死神の額の、ソレだけは生きているようだ。
光が増す。

死神の鎌を手に取る。
自分の鎖を断ち切る為に。

死神の額に手を触れる。
死神の呼び声を、最後に一度、聞いてやる為に。



光を帯びた魔血魂が。
呼び声を放つ。



灰が、・・・散った。


赤い目の人形がいる。
額には赤い宝石。
赤い鎌を持ち、フラフラと、さまよう。

・・・ヘイゼルは、魔血魂を受け入れる程の力はなかった。

無理矢理入ってきた魔血魂は彼女の中を引っ掻き回し。
なんとか治まった頃には、彼女は記憶を全て失っていた。

どこに行けばいいかも分からない。
人間の魂があれば狩る。
ただそれだけの、本当の人形になってしまった。

言葉も発さない。
意思も持たない。
そんな人形が。

一つだけ、覚えてる、言葉。


「・・・・・・ヒカリ・・・」


とても、悲しい響きに聞こえるその言葉を。
それだけを胸に、人形は今日も彷徨い続けるのだった。


−END−







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